2011年・・当時は千葉県在住
早いもので、あれから10年です
50歳を迎える前に、これからの自分の人生を
1年間かけて決めようと思った2011年でした
1月、2月といろんなことを考え、思い、動き・・
多くの人を人生の岐路に立たせたであろう3月の大震災
14:46 東日本大震災・地震
仕事先での大きな揺れに、死さえも過った恐怖
大将と奥さんと3人で宴会の準備や仕込み中
ドンときて長い長い揺れの最中、とりあえずガス栓だけ閉めて
外に出ようか、出まいか迷いながら顔を見合わせました
足元をすくわれそうな大きく長い揺れは
想像のつかないほど大きな力=地球規模で怖かった・・
大地が叫んでいるように感じました
学校が休みだった次男は、一人で家に居て
食器棚が転倒しないように押さえていたそうです
怪我がなくてよかったけど、一人でさぞ怖かったことか
仕事先から車で急ぎ帰って、無事な顔を見て
やっと生きた心地がしたものです
大学の実習で特別養護老人施設に居た長女は、
停電で信号がつかない街を駅までバスに乗ったものの
JRが動かず、ごった返す駅前で帰宅困難者・・
車で迎えに行って合流できたのは日付が変わってからでした
東京で仕事をしていた長男とも、連絡が繋がってひと安心
十分気をつけて、連休にはいったん帰ってくるように、と
そんな話をしたのを覚えています
津波の映像は想像を絶するほど・・
車もビルも流され、逃げ惑う人々を拾い映すカメラ映像
田畑を襲う津波が温室を飲み込むのを見て「止まって!」
息を止めて手を合わせて・・映画を観ているようでした
心配していた福島原発が水素爆発、メルトダウン・・
津波による大きな被害だけでなく
放射能による汚染にも怯えながら生活していく未来
最悪のシナリオは、今もずっと続いているのです
完全な復興などあり得ないのではないかと思うと哀しいです
原発はいらない・・
そう思ってきて得ることができた知識も役に立たないほど
悲惨な現実を目の前にして、唯一の頼りにしたのは
京都大学原子力実験所の小出裕章先生のウソのない言葉だけ・・
それだけが生きていける勇気になりました
小出先生が送ってくださった実験室から見える桜の樹の写真は
小さくて消えてしまいそうだった希望の光を大きくしてくれました
震災をきっかけに、運命について考えたり、人生を考え直したり、
何かを諦めたり、新たに挑戦してみたりして生きてきた人々
自分もまたその一人・・
たくさんたくさん居られたと思います
10年という節目に、ほんの少し振り返ってみましたが
あっというまのようで・・でも
やはり語り切れないほど長い歳月が流れたのですね